三洋電機株式会社(さんようでんき、英文表記:SANYO Electric Co., Ltd.)は日本の電機メーカーである。東証1部上場。本社は大阪府守口市に所在。コーポレートスローガンは「人と・地球が大好きです」。同じ大阪に本社を置く松下電器産業・シャープと並んで在阪電機メーカーの一つでもあり老舗。
松下電器産業の創業にもかかわった井植歳男(いうえ としお)がGHQによる公職追放指定に伴い1946年松下電器産業を退社、翌年2月1日、個人事業「三洋電機製作所」を創業、自転車用ランプを製造。1950年、三洋電機株式会社設立。1953年に開発した噴流式洗濯機が大ヒットし、一躍有名になった。
社名は、太平洋・大西洋・インド洋を意味し、世界で活躍できる企業になるという意志が込められている。
概説
自社ブランドの家電製品自体のシェアは小さいものの、洗剤の不要な洗濯機や、ニッケル・カドミウム蓄電池、リチウム電池の商品化など、一部の技術力は高いものを持っており、自社ブランドが表に出ない光デバイスや二次電池、パソコン等電子機器用コンデンサなど一部の電子デバイスや、完成品のOEM供給ではトップシェアを持つ製品が数多く存在し、縁の下の三洋と言われることもある。特にデジタルカメラのOEM供給元としては世界トップシェアを誇っている。また、「デジカメ」・「ムービーデジカメ」の商標を保有している。CD-Rドライブの書き込みエラー防止機能「BURN-Proof」を世界で初めて開発した。コインランドリーの機器では国内市場をほぼ独占している。 世界初、業界初といった商品を他社と比べ非常に多く投入し、開発技術力は高いものの、採算に合わないと主力商品以外はすぐに撤退、他社へ売却することでも有名である。 低価格競争の激しい家電量販店よりも、地元密着型でアフターサービス重視の街の電器店を非常に優遇する傾向があり、ハイビジョンレコーダ等は通常OEM供給のみだが、街の電器店において専売モデルとして販売したり、街の電気店で購入した場合のみに適応する長期延長動作保証などの特典がある。
また携帯電話の分野では現在PHSを含む全キャリアに端末を供給(但し、ボーダフォン(現ソフトバンクモバイル)へは2004年夏季以降新製品の供給はなし)し、骨伝導スピーカー「SonicSpeaker」(携帯電話端末機としては世界初)やFMラジオチューナー、果てはワンセグ放送対応テレビチューナー(携帯電話端末機としては世界初、au(KDDI)向けCDMA 1X WIN対応端末・W33SA)を搭載するなど、野心多き企業とも言える。 また、携帯電話開発は、三洋電機(元三洋テレコミュニケーションズ SA型番)と、子会社の鳥取三洋電機(ST型番、現在はSAに統合)の2社により独立して行われている。また、納入条件で折り合いがつかないことが原因で長らく供給が途絶えていたNTTドコモ向け機種についても、2005年にFOMASA700iSで6年ぶりに供給を再開。au等が採用するCDMA2000方式の携帯電話の世界シェアアップや開発費の削減などを目的に、フィンランドの世界最大の携帯電話開発メーカーのノキアと事業提携を結び、2006年夏をめどに合弁会社を設立すると2006年2月14日に発表したが、同年6月22日に提携解消を発表した。
太陽光発電の事業でも有力な生産者であり、独自技術のHIT太陽電池で高いシェアを持つ。また岐阜県安八郡安八町に設置されている巨大なモニュメントであるソーラーアークが印象的。東海道新幹線の米原駅と岐阜羽島駅の間で車内から見ることができる。
有機ELディスプレイにも意欲的であり、米イーストマンコダック社と共同で開発していたが、2006年1月31日に撤退を表明した(コダック社は事業継続)。
プラズマテレビ、液晶テレビではシェアは低いが、セイコーエプソンの技術協力を得てホームシアター用プロジェクターであるZシリーズは国内で一番の売上を誇っている。プラズマ、液晶においてもデザイナーであるニコラ・グエナエルを起用し、革新的なデザインのテレビでシェア向上を狙う。
2004年の新潟県中越地震により子会社の半導体製造工場が全壊、500億円を超える損害を出した(地震保険に入っていなかったという)ほか、デジタルカメラの単価下落などの煽りを受け、同年度は大幅な減収減益となった。このため2005年には、長らく続けてきた同族経営の殻を破り、外部からジャーナリストの野中ともよを会長として招聘している。
三洋電機 沿革
1947年2月1日 三洋電機製作所として創業。
1950年 三洋電機株式会社設立。
1959年 東京三洋電機株式会社設立。
1966年 鳥取三洋電機株式会社設立。
1985年~1986年 石油ファンヒーターによるCO中毒事故が続発(詳細は石油ファンヒーター事件を参照)。
1986年 グループ会社であった東京三洋電機を吸収合併。これを機にロゴマークを現在のものに変更。
1999年2月4日 イーストマンコダックと有機EL事業での業務提携を発表。
1999年9月30日 世界初となる、アクティブマトリクス方式の、有機ELフルカラーディスプレイをコダックと共同発表。
2002年 業界2位だった自動販売機事業を富士電機に売却。
2002年 中国の家電メーカーである海爾集団公司(ハイアール)と提携。
2002年 ソーラーアーク設立。
2003年 子会社の三洋電機ソフトウエアがNTTデータと資本提携。NTTデータ三洋システムに社名変更。
2004年9月1日 携帯電話事業の子会社、三洋テレコミュニケーションズ(STEL)を吸収合併。
2004年10月1日 セイコーエプソンとディスプレイ事業を統合。
2004年10月23日 新潟県中越地震が発生し、子会社の工場が被災。無保険(地震保険)だったことから500億円超の被害が生じる。
2005年9月28日 創業地である北條工場(兵庫県加西市)の閉鎖を含む追加再建計画を発表。
2005年11月18日 総合家電企業からの撤退を発表。
2006年 イーストマンコダックとの提携を解消。
2006年2月14日 CDMA携帯電話事業でノキアとの提携を発表。
2006年3月16日 薄型テレビ事業で台湾のコンピュータメーカー広達電脳(クオンタ)との提携を発表。合弁会社を設立へ。
2006年6月22日 ノキアとの提携を白紙化。
三洋電機 主要製品
映像音響機器
デジタルカメラ - Xacti(ハイビジョン撮影タイプや防水タイプ等)
eneloop(乾電池のように使える初めての充電池)
液晶プロジェクタ - Z(エントリータイプのハイビジョン対応16:9のプロジェクタ)
携帯電話 - キッズケータイ(NTT DoCoMo)、
家庭用防犯カメラ - HOVICA(外出先からチェックできる)
生活家電
洗濯乾燥機 - AQUA(水で洗えないものをオゾンで除菌消臭する)
空気清浄機 - virus washer(電解水を使ってウイルスを無効化する)
エアコン - 四季彩館、Clover(インテリアタイプのエアコン)
電動アシスト自転車 - ハイブリッド自転車エナクル(低価格タイプや片山右京モデルなど)
掃除機 - JetTurn(排気を循環させて後部から直接出さない)
食洗機 - しっかりママ洗い(洗剤自動投入や普通の台所用洗剤が使える唯一の食洗機)
シェーバー - T-SOLID(シンプルかつパワフル)
コンシューマゲーム
1990年代に少量ながらコンシューマゲームソフト・ゲームハードを発売していたことがある。
3DO TRY(IMP-21J)
対決! るみーず(3DO) - 1995年8月7日
プロスタジアム(〃) - 1995年12月8日
N.O.B(ネオ・オーガニック・バイオファーム)(〃) - 1995年12月15日
グリッツ ザ ピラミッドアドベンチャー(プレイステーション) - 1997年5月30日(るみーずのキャラ、設定替え)
業務用機器
業務用空調機(電気・ガス)
TES機器
業務用大型プレハブ
コンビニ・スーパーマーケット用ショーケース
医療・研究機器
液晶テレビ用パネル工場対応クリーンルーム
クリーニング店、コインランドリー用洗濯機
業務用電子レンジ、オーブン
ソフトクリームディスペンサー(業界初の果肉自動トッピング装置付加可能型)
太陽電池
三洋電機 再建に向けた計画
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共同通信社が2005年10月22日に冷蔵庫などの家電から撤退しこれらを生産している工場を閉鎖すると発表したが、三洋電機側はこの報道を全否定し冷蔵庫などの家電から撤退せず工場閉鎖もありえないと発表した[1]。しかし、2005年11月18日に総合家電メーカーから撤退を発表。今後は自然環境に優しい二次電池・太陽光発電事業や携帯電話をはじめとするモバイル関連事業を中心に経営を再建する見通し。白物家電については完全撤退は無いものの、海外メーカーとの合弁も視野にいれ事業は大幅に縮小される見通し。
再建に向けての重要課題とされる三洋電機クレジット株は、一部を米投資銀行のゴールドマン・サックス社に売却すると12月9日に発表した[2]。また、同日、不振のテレビ事業においてもアジアメーカーとの提携に向けて協議中であることも明らかにし、2006年3月17日に台湾のクオンタコンピュータと提携すると正式に発表。クオンタコンピュータと薄型テレビ事業のための合弁会社を設立し、分社化する。今後、三洋ブランドの液晶テレビは新会社から発売される。
再建に向けて三洋電機の資本増強計画についての第三者割り当てによる新株式(優先株式)発行の基本合意が、大和証券エスエムビーシープリンシバル・インベストメンツ株式会社(以下「大和証券SMBCPI」)、ゴールドマン・サックス・グループ、及び株式会社三井住友銀行(以下「三井住友銀行」)の中で達したと12月21日に発表した[3]。 また、三洋電機は平成18年2月末までに総額3,000億円の優先株式を発行し、大和証券SMBCPI、ゴールドマン・サックス・グループ、及び三井住友銀行がこれを引き受け、このうち、大和証券SMBCPI及びゴールドマン・サックス・グループに各1,250億円を、三井住友銀行へは500億円を割り当てる予定と発表。
2006年1月25日に上記内容を予定通り正式に決定したと発表。2月26日での臨時株主総会にて了承を得た後、3月14日に増資は完了した。尚、産業再生法の適用により、増資に伴う税金が一部軽減される。
また、同時に人事変更の発表もあり、CEOとCOO、およびCFOは廃止し、9人の取締役のうち5人が今回の引受先の金融機関3社から就任する予定である事を明らかにした。
三洋電機 諸問題
三洋電機 カドニカ発火事故
三洋電機はカドニカ電池を応用した電気製品を数多く出しているが、初期の製品はノウハウもなかったこともあって数多くの発火事故を起こした。にもかかわらず三洋電機は製品回収を徹底して行わなかった。その為長い間製品発火が原因の火災事故が多数発生する事となった。
三洋電機 石油ファンヒーター事故
1984年に発売されたCFH-S221F型を使用していた4人が死亡、41人が中毒症を起こした、暖房器具の安全性が見直された事件。
原因は空気取入口が上に向いていたためそこに埃がたまり不完全燃焼を起こし易くなっていた。 事件が多発した1985年から1986年にかけて、三洋電機はその後のテレビCMや新聞広告の知らせにより回収を進め、数ヶ月間テレビCMを自粛した。 これによる収益悪化が東京三洋電機の吸収合併のきっかけとされる。
また、1994年から1998年には同社が発売した石油ファンヒーターに、瞬間的に炎が噴き出る事故もあった。 燃料検出センサーが故障し、その状態で運転を続けた場合、灯油を使い切る直前に温風吹出し口から瞬間的に炎が出て、すぐに運転を停止してしまう。 原因は灯油を使い切る直前に灯油と一緒に空気が吸込まれ、燃焼状態が不安定になるため一時的に生ずるものである。 三洋電機の他にユアサプライムス・日本電気ホームエレクトロニクスでも同様の機種を販売している。 三洋電機は22機種、ユアサプライムスは4機種、日本電気ホームエレクトロニクスは3機種。
松下電器でも2005年に同様の事故を起こしていてCMもそれに似たものが放映された。
三洋電機 公害の発生
2006年12月14日、北条工場跡地(加西市北条町北条)の土壌から、6種類の有害物質を検出し土壌汚染が発生していることを公表。土壌環境基準値を超過するフッ素(38.8倍)、六価クロム(16.4倍)、ホウ素(2.7倍)、ヒ素(6.0倍)、鉛(4.2倍)、シアンを検出。地下水からも地下水環境基準値以下のヒ素、鉛、ホウ素を検出。同工場によるとフッ素、六価クロム、シアン、ホウ素は「めっき工程」で使った薬品が原因と推定。鉛、ヒ素は同工場では使用されておらず、造成時に持ち込まれた土が原因とも考えられるとしている。なお同工場は1947年操業開始。以降自転車用発電ランプ(ダイナモ)を生産し、1956年から扇風機など小型モーターを使った回転機器を製造。2004年1月生産停止。
三洋電機 電池パック取り替え・回収
2006年12月8日、三洋電機の子会社である三洋ジーエスソフトエナジー株式会社製の電池パック「D06」が異常発熱・破裂する事故が起きていると発表している[4]。
三洋電機 洗濯乾燥機発火事故
三洋電機の洗濯乾燥機4種類のヒーター部分のリード線に接続不良が見つかり、当該部分から出火する可能性があることが判明した。
出火事故が3件発生し、事態を把握した三洋電機は、2005年9月、リコールを発表した。その後、全体の約87%の修理を済ませたが、その間にも出火事故が4件発生した。さらに、2006年4月、いったん修理したはずの製品から出火し、火傷を負う事故が発生した。
相次ぐ洗濯乾燥機の出火事故を受け、2007年1月26日、経済産業省から対象製品16万4000台の回収、修理を迅速に行うよう指導した。三洋電機では、修理済みも含めて対象機種を再度無料で修理する。
三洋電機 粉飾決算
2007年2月23日、粉飾決算の疑いにより、証券取引等監視委員会の調査を受けていることが明らかにされた。中央青山監査法人(現・みすず監査法人)も粉飾を認識していたとされる。
三洋電機 主な事業所
東京製作所(群馬県邑楽郡大泉町)
大東事業所(大阪府大東市)
岐阜事業所(岐阜県安八郡安八町)
大規模太陽光発電システム「ソーラーアーク」(2000年に発覚した不良品のソーラーパネルを出荷していた問題で回収されたパネルを流用し、製品品質に対する自戒の念を込めている)で有名。
洲本工場(兵庫県洲本市)
電池事業(モバイルエナジーカンパニー)の拠点。
電池事業の関連会社として「三洋エナジー鳥取」(鳥取県岩美郡岩美町)・「三洋エナジートワイセル」(群馬県高崎市)・「三洋エナジー南淡」(兵庫県南あわじ市)・「三洋エナジーロジスティクス」(兵庫県淡路市)・「三洋ジーエスソフトエナジー」(京都府京都市南区)がある。
鳥取三洋電機(鳥取県鳥取市)
三洋電機 関連企業
鳥取三洋電機
三洋電機クレジット
三洋ホームズ(旧クボタハウス)
大和フーヅ(他社へ売却)
NTTデータ三洋システム
三洋エプソンイメージングデバイス 2006年12月28日をもってエプソンの完全子会社。三洋グループ離脱。
キングレコード
リクルート三洋ヒューマンネットワーク 企業HP
三洋ジーエスソフトエナジー
三洋電機ロジスティクス
他数百社
なお、同じ三洋を冠する企業に三洋信販、三洋物産、解散した三洋証券などがあるが、いずれも三洋電機とは関係のない会社である。また、同じ電気機器製造業であり冷却ファンやサーボモーターなどを製造し、ローマ字表記で"SANYO DENKI"と書く山洋電気(こちらもさんようでんきと読む)とも無関係である。
三洋電機 部活動
ラグビー(ジャパンラグビートップリーグ、三洋電機ワイルドナイツ)
かつては東京三洋電機であったため、東日本社会人リーグに所属していた。
バドミントン
小椋久美子、潮田玲子、廣瀬栄理子選手らが在籍。
バレーボール
大阪女子バレーボール部(チャレンジリーグ、嶋田美樹らが所属していた)もあり。
三洋電機